内容
日本に確たるハードコアパンクシーンが形成される以前から、その中心的バンドとして活動していた。
メジャーデビュー前である1980年代前半から、THE WILLARD、有頂天と並び、「インディーズ御三家」といわれる程の人気を博した。
この「インディーズ御三家」という名称こそが、現在日本語として「インディーズ」という単語が浸透するきっかけとなっている。バンド名の名付け親は初代ギタリストのアカベー。
自分達でレーベル(レコード会社)「AAレコード」を設立し、音源を発売していた。
また、インディーズシーンで活躍する他のバンドの音源のリリースも積極的に行った。
インディーズでの人気を得た後、1980年代にはメジャーデビューし活動。
当時の「バンドブーム」の先駆けとなる。1991年に一旦解散するが、1995年から(バンドの意思により)再びインディーズシーンでの活動を再開。
日本を代表する「パンクロックバンド」の1つとして、増子直純(怒髪天)、難波章浩(Hi-STANDARD)、大槻ケンジ(筋肉少女帯、特撮)、森若香織(ex.GO-BANG'S)、ATSUSHI(NEW ROTE'KA)、桑原康伸(ガガガSP)、峯田和伸(銀杏BOYZ)、JOE ALCOHOL(ex.THE HONG KONG KNIFE)、セイジ(ギターウルフ)、石坂マサヨ(ロリータ18号)、千秋(タレント)、吉田豪(プロインタビュアー)、など多くのミュージシャン他からもリスペクトを受けている。
2011年には結成30周年を迎えた。
現在も新曲の発売、ライブツアー、イベント参加、グッズ販売等、ライブハウスを中心に活動を続けている。
BIOGRAPHY
1981年12月、大阪で結成。
1985年4月28日、新宿スタジオアルタ前にて自分たちの作品が収められたソノシート「聖者が街にやってくる」を事前に無料配布告知したところファンおよそ1300人が集まり、全国ニュースでも取り上げられる。また、メジャーデビュー1か月前の10月26日、日比谷野外音楽堂でのライブで4000人を超えるファンを動員した。同年11月21日、VAPよりメジャーデビュー。
順調な活動を続けていたさなかの1987年4月19日に 日比谷野外音楽堂でのライブ中、ステージに詰め掛けたファンが将棋倒しになり、3人の死者を出す事故が発生。バンドは責任を取る形で謹慎(当時アール・エフ・ラジオ日本で放送されていた出演番組も降板打ち切り)。しかし多くのファンの後押しにより活動を再開する。
1988年1月、VAPから東芝EMI(現在のEMIミュージック・ジャパン)にレコード会社移籍。
1989年5月、PON(Ba.)とNAOKI(Gu.)が脱退を表明し、8月にMZA有明で脱退ライブを3日間開催。その3日後のイベント(金沢)から新メンバーにBELLEY(Gu.)が加入。追って10月のイベント(高知)からWANG-TANG(Ba.)が加入。12月、都内近郊ライブハウス(新宿、千葉、横浜)で「襲名披露ライブ」を開催。
1990年2月19日、ニューアルバム発売3日前に「16歳のファン限定」イベント「SIXTEEN'S PARTY」を原宿RUIDOで開催。
その後はBELLEYの逮捕、MARU(Dr.)の脱退等もあったが、サポートメンバーにHIROKI(Dr.)を加え全国ツアー「TOUR PUNK IT UP」(10月8日〜12月11日)を展開するなど活動。
1991年、ニューアルバム発売後の「POWER AND GLORY INTERNATIONAL TOUR '91」(4月10日〜7月23日)を経て、8月20日のイベント(秋田)に出演後バンドは解散。
1995年、CHARMYとPONが意気投合し、約3年半ぶりに活動を再開。1月8日、旧新宿ロフト(西新宿)で再始動ライブ(メンバーはCHARMY、AKIO、PON、WANG-TANG)を行い同時に自主レーベル「Letsrock・AAレコード」も復活させる。同年7月、AKIO(Gu.)がVANILLAのメジャーデビューに伴い脱退、約4年ぶりにBELLEYが復帰加入。
1997年、WANG-TANG(Dr.)が脱退し、KENJIが加入(KENJIは2001年まで在籍し、後任にYOSSYが加入)。
1998年、BELLEY(Gu.)が脱退し、THE RYDERSに加入。トレードの形となり、THE RYDERSで活動していたKASUGAが加入。
2004年10月30日 17年ぶりに日比谷野外音楽堂でライブを行う。1987年事故当時のメンバー(NAOKI、MARU)もゲストとして参加した。
2006年、YOSSY(Dr.)が脱退。1980年代にTHE WILLARDのドラマーとしても活躍していたKYOYAがサポートメンバーで参加し、その後正式に加入。
2007年9月24日 日比谷野外音楽堂のライブ『ラフィン祭り』ではメジャー時代に在籍したメンバー(NAOKI、MARU、BELLEY、WANG-TANG)がゲストとして参加。第2部では約17年ぶりに、SIXTEEN期メンバー(CHARMY、BELLEY、WANG-TANG、MARU)が揃い演奏。この日のラストナンバー「GET THE GLORY」は当時のメンバー(CHARMY、KASUGA、PON、KYOYA)がゲスト4人と共に演奏(公式ホームページで視聴可能)。
2008年4月、KASUGA(Gu.)が脱退。翌5月、THE RYDERS脱退後フリーで活動していたBELLEYが約10年ぶりに復帰加入。
2011年1月、EDWINとのコラボ企画で「LONDON SLIM ラフィンモデル」を限定復刻発売。また、翌2012年にも「DENIM JACKET ラフィンモデル」を発売。
2011年4月、同3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震・東日本大震災に際し、2007年9月24日の日比谷野音でのライブを撮影した映像をチャリティーDVDとして発売し、5月に義援金として売り上げの全額を寄付。
2011年12月2日、WOWOWプライム-ノンフィクションWにて、結成30周年を迎え初の公式ドキュメンタリーフィルム『ラフィンノーズという生き方』が放送(後日数回にわたり再放送)(公式ホームページで視聴可能)。
2013年5月、全国ツアー終了後にKYOYA(Dr.)が脱退。
2013年12月、同年内の活動をもってBELLEY(Gu.)が脱退。
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